
恐れとおののきとは?アブラハムの物語と信仰・倫理を解説
「恐れとおののき」は、キルケゴールの本の中でも信仰と倫理の衝突を正面から扱う一冊です。題材はアブラハムと息子イサクの物語。名前は知っていても、何が難しいのかは本文を読むと見え方が変わります。
「哲学の名著だから、予備知識がないと無理そう」と感じますよね。実際、平易な入門書のように結論を順番に教えてくれる本ではありません。問いを追いながら考えたい人には、読む価値のある作品です。
桝田啓三郎訳の『キルケゴール全集〈第5巻〉おそれとおののき、二つの教化的講話』です。
| 商品 | 収録内容 | 版の情報 | 参考価格 |
|---|---|---|---|
キルケゴール全集〈第5巻〉おそれとおののき、二つの教化的講話 | 『おそれとおののき』『二つの教化的講話』 | 桝田啓三郎訳、単行本、1962年刊 | 14,999円(2026年9月28日時点。価格は時期により変動) |
どんな本か
本書の中心には、旧約聖書「創世記」22章に登場するアブラハムとイサクの物語があります。神から息子をささげるよう命じられたアブラハムはイサクを連れて山へ向かいます。物語の筋を知っていても、その行為をどう受け止めるかは簡単ではありません。
キルケゴールはこの出来事を信仰の美談として片づけません。父親が息子を愛し、守るという倫理と神への信仰が衝突するとき、アブラハムの行為は他人に説明できるのか。その難問を何度も角度を変えながら考えます。
キルケゴール本人の一人称による語りではありません。ヨハネス・デ・サイレントという仮名の著者が語ります。語り手はアブラハムを理解できると断言せず、理解しきれない立場から問いを重ねます。著者と語り手を同一視しないことが、読み進めるうえで大切です。
アブラハムの問い
アブラハムの決断を「信仰があれば何をしても許される」と読むのは危険です。本書は、誰かが自分の信念を神の命令だと言えば倫理を越えてよい、という一般的な許可を出すものではありません。語り手自身も、その出来事を容易に納得できる話として扱っていません。
焦点になるのは、個人の内面にある確信が社会に共有された倫理や説明可能性とどうぶつかるかです。アブラハムは「息子を殺すべきではない」という誰にも通じる規範に反するように見えます。一方で、本人は神との絶対的な関係に立っているとされる。この隔たりが、本書の緊張を生みます。
たとえば、公共の利益のために犠牲を引き受ける英雄なら、目的を他人に説明できます。ところがアブラハムの行為には周囲が納得できる社会的な理由がありません。語り手が描く信仰者の孤独は立派な決断をした人の孤独というより、行為の意味を誰とも共有できない苦しさです。
この違いを通して、本書は「正しい目的のためなら犠牲を肯定できる」という説明とアブラハムの物語を区別します。読むときは彼の行為を称賛する結論を急がず、語り手がなぜ何度も物語を語り直すのかに注目してください。問いの形がつかみやすくなります。
倫理と信仰
本書で知られる論点の一つが「倫理の目的論的停止」です。かみ砕くと、普遍的な倫理だけでは説明できない仕方で個人が神と向き合う可能性を考える問いです。専門用語だけを覚えても内容はつかめません。まず、アブラハムの行為が他人に説明できない点を押さえましょう。
ここでいう「普遍的な倫理」は個人の気分とは別に、人々が共有できる善悪の規範を指します。親が子どもを守る義務も、他人に危害を加えてはならないという判断もこの側にあります。アブラハムの物語は、その規範を外から見れば破っているように映るため、読む側を落ち着かない場所へ連れていきます。
それに対して、語り手は信仰を誰にでも説明できる理屈へ置き換えられないものとして描きます。だからといって、読者が同じ行為をまねるための手引きになるわけではありません。むしろ「信仰」と「自分勝手な確信」をどう区別できるのかという難題が残ります。
この本のおもしろさは、答えを一つ提示して議論を閉じないところです。読者はアブラハムの行為を「正しい」と認めるか「間違い」と断じるかにとどまらず、理解できる行為とは何か、説明できない信念をどう扱うのかまで考えさせられます。
読みにくさの理由
初めて読む人が難しく感じるのは、物語の筋よりも語り手の議論の運び方です。同じアブラハムの話が異なる形で語り直され、すぐに一つの整理へ進みません。小説のような展開や教科書のような用語説明を期待すると、遠回りに感じるでしょう。
また、信仰をめぐる議論にはキリスト教の背景があります。聖書に親しみがなくても読めますが、創世記22章の出来事を先に短く確かめておくと、語り手が何を問題にしているのかを追いやすくなります。聖書本文は日本聖書協会の検索ページで確認できます。
読み進めるときは、専門語をすべて暗記するより「いま誰の立場から語られているのか」「その行為は他人に説明できるのか」と問いを置いてみてください。語り手の視点と聖書の物語そのものを分けるだけでも、文章の見通しがよくなります。
一気に読み切るより、数ページごとに立ち止まる読み方が合います。とくに「信仰だから理解できない」で終わらせず、何が理解を阻んでいるのかを自分の言葉で書き留めると、抽象的な議論が具体的な問題として残ります。
併録作の意味
全集第5巻には『おそれとおののき』のほかに『二つの教化的講話』が収録されています。したがって、単独の『おそれとおののき』だけを読む本ではなく、関連する講話も同じ巻で手に取れる構成です。講話の個別テーマを先に決めつけず、収録作品として確認しておくのが確実です。
一冊の中に複数の作品があるため、読みたい作品が『おそれとおののき』だけなら購入前に目次や収録範囲を確かめる価値があります。同じ全集巻に収められた著作もあわせて読みたい人には、この構成が利点になります。
作品を読み比べる際は、講話を『おそれとおののき』の解説として扱わないことも大切です。それぞれの文章の目的や語り口は同じとは限りません。まず中心の論考を読み、関心が続いたら併録作へ進むと、無理なく付き合えます。
版の特徴
国立国会図書館の書誌では、この第5巻は1962年刊、桝田啓三郎訳と記録されています。商品名にある「全集〈第5巻〉」と「二つの教化的講話」も、収録内容を照合する手がかりになります。国立国会図書館の書誌情報で版の基本情報を確認できます。
「おそれとおののき」と「恐れとおののき」のように、書名には表記の揺れがあります。検索結果や古書の出品名が完全一致しないこともあります。著者名に加えて、訳者や全集の巻数、併録作品も照合してください。
参考価格は2026年9月28日時点で14,999円です。1962年刊の単行本で、一般的な新刊書と同じ価格の動き方をするとは限りません。古書の状態や販売時期で価格が変わるため、この金額は目安として受け止め、購入時の表示を確認してください。
版の古さが気になる場合は、価格だけで決めず、桝田訳で読みたいか、全集の一巻として持ちたいかを考えると判断しやすくなります。現代の新訳や単独版を探している人は、書名が似ていても訳者と刊行情報を照合してから購入しましょう。

結論
『キルケゴール全集〈第5巻〉おそれとおののき、二つの教化的講話』は、信仰と倫理が衝突する場面をじっくり考えたい人におすすめの一冊です。アブラハムの行為を簡単に正当化せず、説明できない信念の問題まで読みたいなら、桝田啓三郎訳のこの巻を選ぶ理由があります。
本書を手に取る決め手は、やさしい解説よりも問いを自分で追う読書を望むかどうかです。1962年刊の全集版で、講話も併録されます。価格は時期で変わるため、購入時に表示を確認してください。訳者と収録範囲が希望に合う人には、この巻をおすすめします。
反対に、まず内容の全体像を短く知りたい場合は入門書を先に読むのが現実的です。専門語よりも、アブラハムの行為を他人に説明できるのかという問いに関心があるなら、本書の議論へ進む価値があります。
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